あの日の少年は、初心を忘れずに今も走りつづけている。(その1)2014年06月07日 11時20分12秒

A先生がオリンピアサンワーズに来られるようになって、
もう40年以上になるそうです。

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197X年。
A少年は中学生になると陸上部に入部した。
三度の飯よりも走ることが好きだった。
毎日毎日、日が暮れるまで走りつづけた。

そんなA少年の姿を見ていた先輩が、ある店のことを教えてくれた。

「それだけがんばってるんなら、もうそろそろ、
 ちゃんとしたランニングシューズで走った方がいい。
 その店に行けば、
 キミに合ったランニングシューズを選んでくれる」

ただし、とその先輩は付け加えた。

「その店のおばちゃんはめちゃめちゃコワいぞ。
 店に入るときに挨拶をしないと中に入れてくれないぞ。
 挨拶しないで帰らされたヤツもいるんだ。
 礼儀正しく、失礼のないようにするんだぞ」

先輩は、その店までの地図と紹介状を書いてくれた。
A少年は、内心ビクビクしながらも、
地図と紹介状を握りしめてその店に行った。



「こんにちは!失礼します!」

A少年は店の引き戸を開けて、大きな声で挨拶をした。
店に来るまでの道中で頭の中で何回も練習したとおり、
深々とお辞儀をするのも忘れなかった。

小さな店の真ん中には古い机が置いてあり、
その向こうには眼鏡をかけたおばちゃんが座っていた。
おばちゃんは言った。

「アンタ、誰や?」



「○○中学校の、Aといいます!」

A少年は、そのおばちゃんに、
先輩が書いてくれた紹介状をおそるおそる手渡した。

「で、何しにきたんや?」
「はい、ランニングシューズが欲しくてやってきました!」
「種目は?」
「長距離をやっています!」
「なにをなんぼで走るんや?」

A少年は最近の試合で出した記録を伝えた。

「ふーん、ちょっと、足、見せてみ」

A少年は靴を脱ぐ。
おばちゃんは、しばらくじっとA少年の足を見つめた。

「……そこの棚の、そう、その箱からクツ出して履いてみ」

店内の四方の壁には棚がしつらえてあり、
商品は箱におさめられたままでその棚に積まれていた。
箱に印刷された文字が、A少年の目に飛び込んでくる。
「オニツカタイガー」「ハリマヤ」「ニシ」。
A少年がいつの日か履いてみたいと思っていた、
憧れのメーカーの名前がたくさん並んでいた。




A少年は指示されるままに、指で棚をたどっていき、
ひとつの箱を選びとった。
中からシューズを出して履いてみる。
おばちゃんは立ち上がると、机の前に出てきて、
ちょんちょんとA少年のつま先に触れて、言った。

「アンタには、そのクツやな」

おばちゃんは、また、机の向こうに戻って、座った。
A少年は他にも色んなシューズを見てみたい気がしたけど、
緊張と、何よりもおばちゃんの迫力に気圧(けお)されて、
何も言えなかった。

A少年は、その店にシューズを買いに行くようになった。
店に行くときには相変わらず緊張したし、
おばちゃんが選ぶシューズはいつも黙って履いた。
シューズはいつも、不思議なくらいピッタリだった。
A少年は、おばちゃんに会うのが楽しみになっていた。

おばちゃんは、A少年の名前を呼ぶとき、
「さん」も「くん」もつけず呼び捨てにするようになった。
それは親しさの表れのようで、A少年にはうれしかった。
ある日、おばちゃんは、

「A、これ持っていき」

と真新しいカタログをA少年に渡した。
「ハリマヤ」の最新カタログだった。
鮮やかなフルカラーに目を奪われた。

A少年は、おばちゃんに認められたような気がした。
この店で、ランナーとして、
やっと一人前に扱ってもらえたようで、うれしかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あの日が、僕のランナーとしてのはじまりです」

A先生は、その時のハリマヤのカタログを今もお持ちです。

「当時からずーっとノートにランニング日誌を書いてます。
 もう何十冊書いたかわからへんけど、全部残してます。
 このハリマヤのカタログは、ノートが変わるたびに、
 一番最後のページに貼っておくことにしています。
 ランナーとしての"初心"を、決して忘れないように――」






(つづきます)



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