池井戸潤の小説「陸王」つながりで、集英社のスポーツ総合雑誌「Sportiva(スポルティーバ)」の公式Webサイトに川見店主が登場!2016年10月01日 19時15分54秒

「倍がえしだーーーーっつ!」
「土下座しろーーーーっつ!」


つって、日本中が熱狂した「半沢直樹」。
(もう3年前か、はやいな)
その原作者である池井戸潤さんの新しい小説が7月に発刊されました。

どでーん!



なんでもこの小説「陸王」は、
業績悪化に苦しむ老舗(しにせ)の足袋(たび)メーカーが、
起死回生の事業計画としてランニングシューズの開発に挑む!
という物語だそうです。

公式サイトはこちら↓



ん?足袋メーカー?ランニングシューズ?
どこかで聞いた話ではないか。
あの伝説のシューズメーカー・ハリマヤのことではないのかーーっつ!?

ででーーん!↓
「嗚呼、ハリマヤのシューズ」
嗚呼、ハリマヤのシューズ



ってことで、今年の6月、「陸王」の出版元である集英社から
ハリマヤについて取材を受けた話はブログにも書きました。
2016/06/03 ハリマヤのシューズのことで取材を受ける

「陸王」は現代を舞台にした小説である。
この物語に登場する会社は、ハリマヤではない
(池井戸さんがどこまで調べられたのか不明)
しかし、今から100年以上も前に、
この物語そのもののような会社が存在していた。
そこで、この小説が発刊されることをきっかけに、
集英社でもハリマヤについて事実関係を調べてみようとなり、
取材がはじまったのだそうです。


6月、当店での取材の模様。
取材に来られたIさんの質問にこたえる川見店主↓



Iさんの綿密な取材によって掘り起こされたハリマヤの歴史は、
集英社のスポーツ総合雑誌
「Sportiva(スポルティーバ)」のWebサイトにて、
「消えたハリマヤシューズを探して」と題して、
今年の7月から記事となり連載されてます。





読みごたえたっぷり、見ごたえずっしり!
Iさん、取材おつかれまでした!ありがとうございました!

川見店主:
「『日本マラソンの父』金栗四三さんや、
 ハリマヤの創業者である黒坂辛作さんのお話は、
 何度読んでも胸に迫ります。
 偉大な方々の歴史があるおかげで、
 今日の日本のマラソンや、
 ランニングシューズ作りの技術があるのだと、
 あらためて思います。
 オリンピアサンワーズの創業者である
 上田のおばちゃんの話も紹介されていて、
 とてもウレシイです。でも……」




秋の夜長にぜひご一読くださいませー!


ハリマヤのシューズのことで取材を受ける。2016年06月03日 19時15分30秒

昨日、伝説のシューズメーカーHARIMAYA(ハリマヤ)のことで取材を受けました。


ハリマヤって何?くわしくはこちらのサイトをどうぞ↓
「嗚呼、ハリマヤのシューズ」
嗚呼、ハリマヤのシューズ


今回の取材は、東京のS社(一流出版社じゃん!)
からわざわざご来店されるって話。

ハリマヤのことになったら協力を惜しみません。
せっかくなので、ハリマヤコーナーをつくっちゃおう!

ででーん!



普段は箱にしまったままのハリマヤシューズたちも
ひっぱりだしてきて展示しました。



1980年代の「月刊陸上競技」もひっぱりだしてきて
ハリマヤの広告を見つけ出して展示。



箱もできるだけ積んでみた。



「カナグリベガⅠ 7,800円」
30年前くらいのマラソンシューズでこの価格。
手書きの名札は当時に店で売られてたときのまんま。
これ、川見店主の文字だそうです。



短距離用スパイクシューズ「ニューストーム」↓
これは履き心地が最高の商品でした。
付属のシューズ袋の色がシブいわ。



ハリマヤのシューズバッグ!



こっちはオニツカタイガーとニシのシューズたち。



椅子と丸テーブルも用意して準備完了です。



PM2時。
S社のI氏がご来店。
歴代のシューズに囲まれてインタビュー開始。
I氏の質問にひとつひとつ熱心にこたえる川見店主↓



取材は3時間ほどにも及びました。
いい記事になるといいですね。
Iさん、期待してます!
どこでどんな風に発表されるのか、
わかり次第にブログでお知らせいたしまーす!



小学校の先生のウォーキングシューズに今日のアムフィット!~あの日の少年は、初心を忘れずに今も走りつづけている。(その2)2014年06月09日 19時40分21秒

198X年。
あの日のA少年は、教職について慌ただしい日々を過ごしていた。
それでも、毎日、走ることを怠らなかったし、
練習日誌をつけることも欠かさなかった。
練習日誌の最後のページには、
ボロボロになったハリマヤのカタログをいつも挟んでおいた。
それを見れば、ランナーとしての自分を見失わない気がした。




ランニングシューズをはき潰すと、
やはりオリンピアサンワーズへと足を運び、
おばちゃんが選ぶシューズを黙って履いた。

「おばちゃんが選ぶシューズには、間違いがない」

それが、A先生がシューズを選ぶ唯一の基準になっていた。

小学校の先生になってからも、
おばちゃんは以前と何ら変わりなく接してくれた。
相変わらず、名前は呼び捨てにされていた。
おばちゃんの前では、いつもあの日の自分に戻った。
いくつになっても、それは心地よいことだった。


オリンピアサンワーズの創業者、上田のおばちゃん↓
(1924-1986)



おばちゃんが亡くなったときは、とても悲しかった。
自分を支えていた何かが、
胸の中でスッポリと抜け落ちたようだった。
それに――、

「自分はこれからどこでシューズを買えばいいのだろう?」

オリンピアサンワーズは、新しい女性の店主が継ぐことになった。
その新しい店主のことは、あまりよく知らなかった。


オリンピアサンワーズ二代目、川見店主↓



「あのおばちゃんが選んだ人だから、間違いないだろう」

とA先生は思ったが、不安にならないでもなかった。

「新しい店主は、おばちゃんの遺志を継げるだろうか?
 オリンピアサンワーズは変わってしまわないだろうか?
 それに、新しい店主は、
 僕に合ったシューズを選ぶことができるだろうか?」

A先生は、ひとつの"覚悟"を決めた。

「これからもオリンピアサンワーズでシューズを買おう。
 それがおばちゃんへのせめてもの供養になるだろう。
 そして、新しい店主がすすめるシューズは、
 どんなシューズだって、黙って履くことにしよう」

だたし、とA先生は、その覚悟に"期限"を定めた。

「ただし、それはこれから1年間だけだ。
 1年経って、新しい店主のやり方に納得しなければ、
 残念ながら、僕があの店に行くことはなくなるだろう――」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

それから1年後も、10年後も、20年後も、
そして、30年近くが経過した今も、
A先生はずっと、
オリンピアサンワーズに足を運んでくださってます。

「これまでの人生、僕がずーっと走ってこれたのは、
 川見さんのシューズ選びが、間違ってなかったからです。
 それを見極めた、僕もまた、間違ってなかった!(笑)」


つーわけで、本日、A先生にご用意したのは、
普段履き用のウォーキングシューズです。
TDH136 FIELDWALKER SS-002 GT-X



装着するオーダーメイドインソールは、
アムフィット・スダンダード。
川見店主が、入魂のアムフィット装着作業へGO!


じゃかじゃん!
フィールドウォーカーにアムフィット装着完了!


こっちからも、アムフィットどーん!


A先生は、よく走られる人ですが、よく歩かれる人でもあります。
先生には、じっとしている時がありません。
毎日毎日、放課後になると、
生徒のもとへ、保護者のもとへと、
指導のために地域を歩きまわられる。
だから、先生の普段履きシューズは、
ハード・ウォーキングに適したこのフィールドウォーカーなんです。

新たに赴任してきた新米の先生は、
必ずA先生と一緒に"見習い"として行動をともにし、
A先生の行動力に圧倒され、衝撃を受けることになる。

「教師って……こんなにも生徒のために働くものなのか」

A先生に走ることの楽しさを教えてもらって、
中学校に入ってから陸上競技をはじめた子供たちの数は、
何百人、いや、何千人になるかと、もはや想像がつきません。

A先生、どうかいつまでもお元気で。


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「歩く」「働く」人のシューズはこんな感じでフィッティング↓

あの日の少年は、初心を忘れずに今も走りつづけている。(その1)2014年06月07日 11時20分12秒

A先生がオリンピアサンワーズに来られるようになって、
もう40年以上になるそうです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

197X年。
A少年は中学生になると陸上部に入部した。
三度の飯よりも走ることが好きだった。
毎日毎日、日が暮れるまで走りつづけた。

そんなA少年の姿を見ていた先輩が、ある店のことを教えてくれた。

「それだけがんばってるんなら、もうそろそろ、
 ちゃんとしたランニングシューズで走った方がいい。
 その店に行けば、
 キミに合ったランニングシューズを選んでくれる」

ただし、とその先輩は付け加えた。

「その店のおばちゃんはめちゃめちゃコワいぞ。
 店に入るときに挨拶をしないと中に入れてくれないぞ。
 挨拶しないで帰らされたヤツもいるんだ。
 礼儀正しく、失礼のないようにするんだぞ」

先輩は、その店までの地図と紹介状を書いてくれた。
A少年は、内心ビクビクしながらも、
地図と紹介状を握りしめてその店に行った。



「こんにちは!失礼します!」

A少年は店の引き戸を開けて、大きな声で挨拶をした。
店に来るまでの道中で頭の中で何回も練習したとおり、
深々とお辞儀をするのも忘れなかった。

小さな店の真ん中には古い机が置いてあり、
その向こうには眼鏡をかけたおばちゃんが座っていた。
おばちゃんは言った。

「アンタ、誰や?」



「○○中学校の、Aといいます!」

A少年は、そのおばちゃんに、
先輩が書いてくれた紹介状をおそるおそる手渡した。

「で、何しにきたんや?」
「はい、ランニングシューズが欲しくてやってきました!」
「種目は?」
「長距離をやっています!」
「なにをなんぼで走るんや?」

A少年は最近の試合で出した記録を伝えた。

「ふーん、ちょっと、足、見せてみ」

A少年は靴を脱ぐ。
おばちゃんは、しばらくじっとA少年の足を見つめた。

「……そこの棚の、そう、その箱からクツ出して履いてみ」

店内の四方の壁には棚がしつらえてあり、
商品は箱におさめられたままでその棚に積まれていた。
箱に印刷された文字が、A少年の目に飛び込んでくる。
「オニツカタイガー」「ハリマヤ」「ニシ」。
A少年がいつの日か履いてみたいと思っていた、
憧れのメーカーの名前がたくさん並んでいた。




A少年は指示されるままに、指で棚をたどっていき、
ひとつの箱を選びとった。
中からシューズを出して履いてみる。
おばちゃんは立ち上がると、机の前に出てきて、
ちょんちょんとA少年のつま先に触れて、言った。

「アンタには、そのクツやな」

おばちゃんは、また、机の向こうに戻って、座った。
A少年は他にも色んなシューズを見てみたい気がしたけど、
緊張と、何よりもおばちゃんの迫力に気圧(けお)されて、
何も言えなかった。

A少年は、その店にシューズを買いに行くようになった。
店に行くときには相変わらず緊張したし、
おばちゃんが選ぶシューズはいつも黙って履いた。
シューズはいつも、不思議なくらいピッタリだった。
A少年は、おばちゃんに会うのが楽しみになっていた。

おばちゃんは、A少年の名前を呼ぶとき、
「さん」も「くん」もつけず呼び捨てにするようになった。
それは親しさの表れのようで、A少年にはうれしかった。
ある日、おばちゃんは、

「A、これ持っていき」

と真新しいカタログをA少年に渡した。
「ハリマヤ」の最新カタログだった。
鮮やかなフルカラーに目を奪われた。

A少年は、おばちゃんに認められたような気がした。
この店で、ランナーとして、
やっと一人前に扱ってもらえたようで、うれしかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あの日が、僕のランナーとしてのはじまりです」

A先生は、その時のハリマヤのカタログを今もお持ちです。

「当時からずーっとノートにランニング日誌を書いてます。
 もう何十冊書いたかわからへんけど、全部残してます。
 このハリマヤのカタログは、ノートが変わるたびに、
 一番最後のページに貼っておくことにしています。
 ランナーとしての"初心"を、決して忘れないように――」






(つづきます)

ボストンマラソン。2014年04月24日 20時20分22秒

世界で最も歴史のあるマラソン大会。
心臓破りの丘。
1951年、ハリマヤの「金栗足袋」を履いて駆け抜け、
日本人として初めて優勝したのは、田中茂樹選手。
1953年、"日本マラソンの父"金栗四三さんの夢を背負い、
同じくハリマヤの「カナグリシューズ」を履いて、
世界最高記録(当時)で優勝したのは、山田敬蔵選手。
その後も、多くの日本人ランナー達が挑んだレース。
世界中のランナーが一度は走ってみたいと憧れる大会。

ボストンマラソン。

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アメリカのボストンという町には、
"Beantown(ビーンタウン)"という呼び名があるそうです。

"bean"とは「豆」のこと。
ボストンがなぜ「豆の町」なんだろう?

その理由を教えてくれたのが、若き日にアメリカに留学し、
この町に暮らしたことがあるHIDEAKIくんのお父さんでした。

お父さん:
「ボストンという町は、植民地時代(18世紀頃)の
 三角貿易で糖廃蜜が多くあり、
 baked beans(ベイクト・ビーンズ:豆を焼いた料理)
 が名物となったようです。
 私がボストンにいた時、
 ベイクト・ビーンズが街角の屋台で売られていて、
 何度か食べた記憶があります」

ベイクト・ビーンズ↓


豚肉と糖蜜から作るソースを用いたこの豆料理が、
ボストンの人々に広く食されていたんですね。
そこから「豆の町」のニックネームがついたんですね。

お父さん:
「例えば、オリンピアさんがあるこの鶴橋近辺ならば
 "ヤキニク・タウン"といったところでしょうか(笑)」

そうか、大阪なら「タコヤキ・タウン」とか。
なるほど!
と目から鱗(うろこ)が落ちる思いがしたものです。

なぜお父さんとこんな話になったかというと、
ハリマヤ特集サイトで紹介している英字新聞の中に、
ボストンマラソンの話が出ていて、
最後まで意味がわからなかったこの"Beantown"について
お父さんが調べてくださったからでした。

お父さんは、最近もボストンに行く機会があったそうです。

お父さん:
「せっかくなので、ベイクト・ビーンズを食べてきましたよ。
 写真も撮ってきました。
 グシャッてなっててキレイな写真ではないのですが(苦笑)」




あー、お皿にグシャってなってます。
これ、日本のレストランなら取り替えるでしょうね。
お皿のフチまでなみなみと注ぎ込んだ具合も含めて、
アメリカって国のおおらかさを感じます。
でも、美味しそうじゃないですか。

お父さん:
「それがね、味もそれほどじゃあないんですよ(笑)」

わははは。
お父さんのお口にはちょっと合わなかったですか。
きっと、安くて栄養もあって、
庶民に愛された食べ物なんですね。

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2014年4月21日。
ボストンマラソンは、今年「も」行われた。
「豆の町」の人々も、
世界中のランナーたちも、
1年前の悲劇に、決して屈しはしなかったのだ。


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【関連サイト】

特集サイト「嗚呼、ハリマヤのシューズ」↓